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社長あいさつ

兼業農家

私の父は兼業農家で稲作と果樹はサクランボと少しの畑で
一家6人の生活を支えてくれました。小学校を卒業して志
願兵で戦争に行き、終戦後は警察予備隊に入隊し現自衛隊
に替わると同時に祖父が分家したときの土地で農業を引き
継ぎました。


少ない農地を増やして稲作やサクランボで家計の基盤を作
りましたが多雪地域の為、冬は農閑期となり私が中学生に
なるまで関東に出稼ぎに行ってました。


父は私に「うちは農業では暮らせないからお前は別の職業
を目指せ」といつも言われていましたし、決して裕福では
なかったので高校進学の時は早く就職して両親を助けたい
と思い、建築のことは何もわかりませんでしたが小学生の
時は工作が好きだったので県立山形工業高校建築科に進学
しました。


卒業後は小さな建設会社に就職して現場管理の仕事を15年
ほど経験し、その間二級建築士、二級建築施工管理技士、
一級建築士、一級施工管理技士の資格を取得
しました。


木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造で一般住宅から公共施
設など様々な建物を手掛けて建築の技術を磨いてきました
が、35歳の時に衝撃的な建物との出会いがありました。
それが「高断熱・高気密」住宅でした。


それは、これまで自分が造ってきた木造住宅とは全く別物
であり、ストーブ一台でリビングはもとより寝室・玄関・
トイレ・浴室・廊下とどこも同じ温度で冬暖かく、夏も小
さなエアコン一台で過ごせる山形の気候にぴったりの住宅
でした。


その時から自分が造る住宅は「高断熱・高気密」住宅だけ
と心に決め勤めていた会社に宣言しましたが、私が勤めて
いた会社では他社設計やデザイン重視の物件が多く有りそ
の建物を担当する度に罪悪感を感じる様になりました。


しかし、サラリーマンである以上会社が受注した住宅は何
でも造らなければならないことに耐え切れず、38歳で退社
ヒロ・アーキテック一級建築士事務所を設立しました。

夢だけは捨てたくない

世の中もバブル崩壊後省エネブームとなり、平成11年次
世代省エネ基準
が国土交通省から発表され、そちらこちら
で宅地分譲開発が盛んになりました。


私は「高断熱・高気密住宅を山形県に1棟でも多く造りた
い、みんなに幸せになってもらいたい」という夢を持って
いました。

14年で600棟、そして離脱

その夢をかなえるためにもと思って、資金力のある建材業
者と共同経営という形で株式会社ヒロホームを設立しまし
た。


モデルハウスを造り私と従業員4人で始めた会社でしたが
、初めのうちは知名度が無くなかなか上手く売れませんで
した。


しかし、大型の土地区画整理事業や住宅公社などの分譲地
の販売に伴って戸建て住宅のブームが到来し、電力会社の
オール電化プランと「高断熱・高気密」住宅のマッチング
の良さなどを謳文句に売却型の展示場を作り、寝食を忘れ
て一生懸命に働きました。


おかげで売り上げも伸び年間60棟ほどの引き渡しと、従
業員も30名になり信頼と知名度もかなり上がっていきま
した。


私はずっとその会社で現場監督をしながら、家の設計をし
たり、お客様と話をしたりしていい家を造る。そうして一
生を終えるのだと思っていたのです。しかし、「離脱」と
いう現実が目の前にありました。


詳しいことはお話できないのですが、結局、私は共同経営
者の身内に上手に事業継承して引退するものと思っていま
したが、彼らはそれを望んではいませんでした。


いいように私を利用してクレームの責任はすべて私に押し
付け、出資金までも奪い取ろうとしていました。彼らは
「家づくり」利用して金儲けをしているのです・・・

寒い家に住むつらさ・・・

寒い家に住むつらさは、自分が一番よく知っています。家
を建てようと考える30代の人たちもそれほどお金を持っ
ているわけではありません。


でも、妻のため、子供のため、両親のためにと、大切に貯
めてきたお金を私たちに預け、「暖かい良い家を建ててく
ださい」
と言ってくれます。


私はその言葉に応えなければなりません。それが私の使命
だからです。そうでなければ私が生きている意味がないの
です。高級住宅や、こだわりの家を作るのが私の仕事では
ありません。そのような方はどうかよその会社で建ててく
ださい。

なぜ家をつくるのか

なぜ家を造るのか・・・

「あなたはどうして家をつくっているのですか?」と、よ
く聞かれます。「仕事ですから」などとは間違っても言い
ません。少しだけ私の生い立ちを聞いてください。


私は、工業高校の建築家を卒業して建築士と施工管理技士
の資格を取得しました。35歳の時「高断熱・高気密」
宅に出会い大きな衝撃を受けました。


ストーブ一台で家中が暖かい。温度差のない空間で脳梗塞
や心筋梗塞などのリスクを極力減らすことが出来る安全な
家。「燃費半分で暮らす家」


そんな家づくりをしてきたからこそ、今の自分があるので
しょう。


家づくりに最も重要な項目の一つにお金の話があります。
いつも議論になるのが、「アパートではいけないのか?」
「なぜ、借金してまで一戸建てを持たなければいけないの
か?」ということです。


アパートではいけない、子供が悪く育つ、そんなことはま
ったくありません。


しかし、子供を育てる環境が将来を左右するのは間違いな
いと思います。環境とは何でしょうか?私は「教育環境」
だと思います。子供に残してやるものは、家や財産でなく、
教育です。


お父さんは一生懸命働いて手に入れた家で、家族を守る姿
を見せる。お母さんは、家族の空腹を満たし、かけがえの
ない愛情を伝える姿を見せる。


これ以上の教育はないと思います。子供にとって親の後姿
ほど、影響を受けるものはありません。


家づくりは住宅産業といいます。


しかし、私は、家づくりは生命産業だと思っています。父
親は外で戦い、母親は家で子供を守る。そして教育し、心
豊かに育てていく。そのための棲家が家なのです。


施工事例の紹介

農振除外からスタート……

今、家づくりをしている一つの家族を紹介しましょう。 


私の同級生に、永井という男性がいます。奥さんと27歳
と23歳に息子と80を過ぎた両親の6人で築60年の家
屋に暮らしています。


彼は、地元をこよなく愛するオヤジです。ログハウス造り
と天体観測、山菜採りやテレマークスキーを熟す。


彼は働き者でサラリーマンをしながら農業もこなす兼業農
家。地元に貢献し消防団では分団長を務め、徳内祭りでは
神楽を纏い、地元劇団洗心座で主役を張る。


息子たちも地元に就職し長男も生まれ育ったこの土地が好
きで家を建てるなら同居したいと言う。


これは彼が家長として父親としてしっかりと自分の背中で
生き様を見せつけてきたからだと思う。


そんな彼から「宏明よ、俺の家造ってくれないか。お前の
造る家暖ったかいんだろ。そして地元の大工と知り合いの
基礎屋を使ってくれないか。」「ああ、いいよ。俺が造る
家は燃費半分の家だし地元の大工も使っているよ!」


私は彼の家庭をつくるお手伝いをしたい。心からそう思い
ました。

それから1年……

彼が購入していた農地を宅地にするために農振除外の手続
きからお手伝いし丸一年かけて宅地に地目変更した。


そこには6人が暮らす暖かい家と自分の山から伐り出した
杉で自分で造るログハウスの車庫が現在建築中である。


家づくりに対する思い

かけがえのない時間を共にする……

私たち家づくりに携わるものは、ほんの数ヶ月間ですが、
お客さんとかけがえのない時間を共にすることになります。
私たちとお客さんとの出会いは、偶然ではありません。出
会うべくして出会ったのだと思います。 


もしそうだとするなら、私はその貴重な時間を大切にした
い。「私たちが得てきた知識や技術を全てお客さんのため
に捧げる」
そんな気持ちを持ち続けたいと思います。


「お客さんはどこにいるのだろう」多くの会社は、お客さ
んを自分の住んでいる周りの世界に捜し求めます。


でも、そこには本当のお客さんはいません。本当のお客さ
んは、自分の心の中にいます。


家をつくる時は、いつも心の中にいる本当のお客さんとの
戦いなのです。自分にウソをつくことは、心の中のお客さ
んにウソをつくことになります。


「プロとは、心の中に世界で一番厳しい自分という顧客を
持つこと」


多摩大学大学院教授、田坂広志先生の言葉です。この言葉
を、胸に刻んでいこうと思います。


「私は家をつくっています。しかも、安くていい家です」


見学会でお会いしましょう!


「全ての責任は、私が持ちます。」


八鍬宏明


追伸

いい家をつくるのは簡単です。つくり手の私たちが真剣に
つくればいいだけのこと。家をつくろうと考える家族はみ
な素人。どんなに勉強しようと、私たちには知識も経験も
かないません。だからこそ私達は真剣に一生懸命いい家の
つくり方を話さなければならないのです。「家づくりに命
をかけています」
本音です。


本当にそう思い毎日働いています。もちろん私だけではな
く、家づくりに携わる多くの人間はそう思っています。ぜ
ひ、信じてください。あなたが信じてくれなければ、私た
ちは家づくりを続けていくことはできないのです。


また、完全な家など存在しません。


私たちも多くの失敗をしてきました。申し訳なく思います。
しかし、だからといって家づくりをやめることはありませ
ん。なぜなら、家をつくることが大好きだからです。


「八鍬さんは、なぜ家をつくっているのですか?」


このような質問をよく受けます。しかし、今は答えられま
せん。なぜなら、その答えを探すために毎日家づくりをし
ているからです。答えは私が死んでいくときに、わかるの
でしょう。


これからも、「安くていい家」をつくり続けます。共に生
きる仲間達と……


もっと詳しく知りたい方は